心臓移植とは

8.心臓移植手術とその問題点

同所性心臓移植の手術手技

 全身麻酔下に行います。
 まず胸の真ん中を喉仏の少し下から鳩尾(ミゾオチ)まで皮膚を切開し、胸骨も縦に切開して心臓が見えるようにします。人工心肺装置で全身の循環を維持しながらレシピエントの心臓を、心房の一部を残して取り除きます。そして、ドナーの心臓を、左心房、右心房、大動脈、肺動脈の順に吻合します。最近では、心房ではなく、上・下大静脈を直接吻合する方法を用いる施設も多くなっています。
 外科医、麻酔科医、看護婦及び人工心肺運転士などで移植手術を行いますが、間接的には多数の医療スタッフが携わります。
 手術は5~6時間かかります。但し、2回目以上の手術だったり、補助人工心臓の植え込まれた患者さんであったりした場合には、10時間くらいかかります。

合併症

 手術の合併症については、出血、脳・脊髄神経系の後遺症、不整脈などがあげられますが、他の心臓外科手術と頻度は変わりません。
 
 移植手術後の合併症のうち、拒絶反応、感染症については心臓移植に特有のものなので、後で詳しく述べます。他の合併症として、呼吸器、肝、腎機能障害がみられることがあります。その場合には、その疾患に見合った治療を行います。
 
 もともと元気な心臓を移植するのですが、ドナーの方が脳死になるまでや、心臓を摘出して移植するまでに心臓が傷んでいたりして、移植のすぐ後に一時的に心臓の収縮力が低下して心不全状態になることがあります。特に移植前に肺高血圧のある患者さんでは起こりやすいので、移植前の肺高血圧が非常に高い人は心臓移植の適応になりません。多くの場合には、強心剤などを2~3日間使用することで回復しますが、時に機械的補助循環を行ったり、まれにもう一度別の心臓を移植したりしなければならないことがあります。

費用

 平成18年4月1日から、腎臓移植と同じように保険が適用されました。高度先進医療の認可の際には、適応となる疾患が拡張型心筋症と拡張相肥大型心筋症に限られていましたが、保険適応については、日本循環器学会の心臓移植適応検討小委員会の認定をもらっていれば、心筋症、虚血性心疾患、弁膜症、先天性心疾患、再移植を問わず、保険適応となりました。従って、心臓移植にかかる費用、術直後に集中治療部で受ける治療費、退院までの治療費全てが保険で支払われることになりました。

 心臓は止めたままおいておくとどんどん傷んでしまうので、心臓を摘出してから4時間以内に移殖を終了したほうが良いと考えられています。そのため、よほど近距離でない限り、ヘリコプターやチャータージェット機を用いて搬送しなければなりません。近距離の場合には無料のことやヘリコプターの燃料費(約30―50万円)で済むこともありますが、遠方の場合にチャータージェット機を用いると200―500万円必要です。また、心臓を摘出するためには、4-5名の医師、看護師が提供病院に赴かなくてはなりませんので、その交通費が必要です。これら全ての費用についても、平成18年4月1日から療養費払いの扱いとなりました。即ち、一時的には立て替えていただく可能性はありますが、ほとんどの部分が返還されることになりました。かなり負担が軽減されたことになります。

 尚、一般的に入院時に必要とされる諸費用、たとえば差額ベット代、衣服、おむつ、すいのみなどの費用は各自で負担していただきます。
 日本臓器移植ネットワークに登録する費用(初回3万円、更新(毎年)5000円)、および移植が成就したときには、斡旋料(コーディネート経費)として日本臓器移植ネットワークに10万円は、各自で負担していただきます。尚、移植希望者が住民税非課税世帯であり、その公的証明がある場合、登録料、更新料、コーディネート経費は全額免除されます。

手術成績

 2003年の国際心臓移植学会の統計では、過去33年間に行われた62,952 例の3年生存率は約70%であり、最近のシクロスポリン、プレドニン、イムランの3剤を用いた免疫抑制療法を行うようになってからは、1年生存率が86%、3年生存率が80%を越えるようになっています。心臓移植をしない場合、1年以上生存の可能性は50%以下ですが、移植をした場合、術直後のドナー心の機能不全、拒絶反応、免疫抑制剤の副作用、感染症によって移植後3ヶ月以内に13~15%の方が死に到る可能性がありますが、これを乗り切ると80%前後の確率で1年以上の生存が可能であります。
 図に世界全体の心臓移植者(国際心肺移植統計)、海外で心臓移植を受けた日本人、さらには日本出心臓移植を受けた人の生存率(心臓移植を受けた人のうち、その年数まで生存している人の率)を示していますが、国内外を問わず、日本で経過を見られている心臓移植者の生存率は、世界全体と比較しても遜色ありません。

 また、移植後1年以上生存した場合の90%以上の方が運動制限のない生活をされています。実際、2005年12月までに日本人で海外で心臓移植を受けられた方は103名にのぼりますが、その1年生存率は90%以上で、海外の代表的な心臓移植実施施設と同程度で、ほとんどの患者さんが通勤・通学をされています。

 

 現在当院では、海外で心臓移植を受けた患者さん16人と当院で心臓移植を受けた患者さん9人を診ていますが、残念ながらお一人が誤嚥性肺炎で亡くなりましたが、脳合併症で麻痺のある子供さんを除いて、運動制限する必要はなく、普通の人と同じように通勤・通学をされています。運動する機能も高く、移植者競技会で、バドミントンや50メートル走で2又は3位になった人もいます。待機しておられる患者さんが、ベッド上で安静にしていたり、階段を上がたっりすることもできないのと比較すると、格段の改善が見られます。

2004年東京シティーロードレース 心臓移植後11年目

組織適合性:ドナーとレシピエントの間の生物学的な相性

 心臓移植をする場合には、まずドナーとレシピエントのABO血液型を合わせます。つまり、AB型の人は全ての血液型の人、A型の人はA又はO型の人、B型の人はB又はO型の人、O型の人はO型の人のみから心臓の提供を受けることができます。
 心臓移植の場合、腎臓移植で合わせるHLA型(白血球の血液型)を合わせていません。というのはHLA型の相性が一致する組合せは、とっても低く、もしこれを合わせなればならないとすると、ほとんどドナーの見つかる可能性がなくなります。
 また移植前に輸血などを行うと、このHLAに対する抗体が増加して、ドナーに対する抗体ができることがあるため、登録された患者さんがどのようなHLAに対して抗体を持っているかを調べます。また実際にドナーが現れたときには、レシピエントの血清にドナーリンパ球を攻撃する抗体があるかどうかを調べる検査(リンパ球クロスマッチ)は行い、これが陽性の(つまり抗リンパ球抗体がある)時には、拒絶反応準備状態にあるので移植は行われません。

移植が不成功に終わる原因

 移植後の死亡原因の主なものは、わずかな相性の違いによって起こる拒絶反応と、この拒絶反応を抑えるために使う免疫抑制剤の影響でよく起こる感染症です。このことについてはあとで詳しく説明します。
 もう一つ重要な原因があります。心臓をドナーから取り出してすぐに移植をしても、移植が終えるまでに最低1時間、遠方から運ぶ場合は輸送時間を加えた時間、心臓に血液が流れない状態(心筋の虚血状態)ができます。この時間を保存時間と言いますが、6時間以上になると移植後に心臓が十分に働かないことがあります。極端な場合、移植した心臓が動かず、機械的補助循環が必要になったり、すぐに別の心臓を移植したりしなければならないこともあります。この場合、すぐに次の心臓を探してもう一度移植しなければなりません。